治療記録

[治療記録1]PCOSとの出会いと治療開始への決意

出会いと希望
出会いと希望

こんにちは!ぶぅ子です。毎日暑いですね。。

前回お知らせした通り、私と多嚢胞性卵症候群の10年になる関係をまとめたいと思います。

 

多嚢胞性卵症候群(PCOS)との付き合い

10年来のお付き合い

私が多嚢胞性卵症候群(PCOS)という、何やよくわからない症状と診断されてからかれこれ10年になります。

 

初潮のときから生理不順で、何ヶ月も生理がこなくてたまに思い出したように生理になる状態でした。

当時は面倒な生理がこなくてラッキー♪なんて軽く考えていましたが、大学生の時に、婦人科の病気にかかった先輩から、生理不順を放っておくと怖いよと言われ、初の婦人科にかかりました。

 

何も予備知識を持たずに何となく婦人科に行ったあのときの衝撃・・・今でもよく覚えています。

 

まず下着を脱いでの診察ということを知らなかった私はジーパンを履いていったことを大後悔。。

大学生の乙女(?)は恥ずかしさでいっぱいに。そして変な台に乗せられて、

 

 

「え?え?この台動くの?いやいや、足!足!広がっていくけど?!」

 

 

股のあたりのスースー具合の心もとない感じは今でも慣れませんね。そのままわけもわからず診察が進んでいき、

 

 

「ひー!!!!何か突っ込まれたYOOOO◯△★★☆!!!」

 

そして混乱の中、先生から

 

 

多嚢胞性卵巣症候群ですね。将来不妊で悩むかもしれません。

 

 

と淡々と告げられたのです。

結婚したら当たり前のように赤ちゃんを授かることが出来ると思っていた私には衝撃の宣告でただただ悲しくなったのを覚えています。

と言っても当時はすぐにそのときの彼氏と結婚するなんていう選択肢は当然なかったので、しばらく治療に通ったもののサークルなどで忙しくなり、そのまま病院通いもやめてしまいました。

 

夫(ぶぅちゃん)との出会い

love-cloud

婦人科通いを再開したのは24歳のとき。

夫と出会って、「自分の体は自分だけのものじゃない」、と考えるようになったからです。

 

夫は私の事をなぜか出会った頃から溺愛(?)してくれていて、早い段階でプロポーズを受けていました。

私はと言うと、就職したばかりで仕事が楽しくてしかたない時期だったというのもありそこまで重く考えていませんでしたが、いつしか彼の洗脳が成功したのか(笑)結婚を意識するようになりました。

 

 

でも私には結婚を意識したくない理由がありました。それは多嚢胞であるということ

もしかしたら私には赤ちゃんを生むことができないのかもしれない…そんな不安があり、何度彼の前で涙を流したことか…それでも彼は例え子どもが出来なくても私と夫婦になりたいと言ってくれました

 

そして私は、結婚するならちゃんとを病院に通おうと決め、すっかりサボっていた婦人科通いを再開。愛の力というやつでしょうか…(笑)

そのときは不妊治療としてではなく、あくまで生理不順を改善するための通院です。

 

生理不順改善のために

具体的な治療の内容としては、

  • 毎日基礎体温をつける
  • 1ヶ月ピルを毎日飲む
  • 翌周期はピルを飲まず自然に生理がくるか様子を見る

 

この繰り返し。

 

ピルと言うと避妊のための薬のイメージですが、飲み方によっては生理不順や不妊治療にも使われるようです。

このとき使用していたのは「トリキュラー錠28」というもの。自費で2000円くらいだったかな。

 

何周期その治療をしたかはっきりは覚えていませんが、1年位は続けたでしょうか。

その間、自然に生理がきたことは1回くらいだったと思います。

 

まだ仕事も楽しい盛りで、赤ちゃんが欲しいということは考えていなかったので、まぁそんな簡単には生理不順って治らないものなのかな。くらいに思っていました。

 

奇跡の天使

待望の赤ちゃん

仕事が忙しくなり、5ヶ月ほど通院を休んでいました。でも基礎体温だけはずっとつけていました。そんな中、ふと気付いたんです。

 

あれ、そういえば基礎体温がずっと高いままだな…

そういえば最近、疲れやすい。吐き気もひどくて座ってるのもつらいときがある…

 

あれ…まさか、ね?仕事が忙しいから疲れてるだけだよね。

まさか、という思いで試しに妊娠検査薬を使ってみると…

 

出ました。陽性反応。しかも速攻でくっきりと!!!病院に行くと妊娠2ヶ月と言われる。

 

 

ピルのお陰で体にリズムが出来ていたのでしょうか。

何一つ妊娠するために努力をしていなかった周期に授かることが出来たのです。

 

でも、よく不妊治療をやめた途端に妊娠した、っていう話も聞くので、そういったことなのかな。不妊治療をしていたつもりはないのだけど。

 

 

妊娠したら仕事は辞めるつもりでしたが、今すぐ赤ちゃんが欲しいと思っていたときではなかったので、仕事のことなどでてんやわんやの日々でしたが、なんとか専業主婦生活がスタートしました。

 

今思えば、こんなスムーズに一人目を授かれたことに本当に驚くばかり。

我が家の天使は今日もやんちゃ坊主ですが、早く私たちに会いたいって思って私たちの元に来てくれたのかな。と思うと、愛おしくてしかたのない天使です♪

 

二人目不妊

そんな我が家の天使に兄弟をと意識し始めたのは、息子が10ヶ月くらいになって自分の生活にも少し余裕が出てきた頃。

 

ちょうどその頃、(生理再開なんて当然なく)不正出血?だらだらと出血が2週間程続いていたので、一応病院に行ってみるか。

という感じで近所の婦人科に。そこで、すっかり忘れていた多嚢胞の宣告を再び受けることに…

 

わかってはいたよ、でも一人目をスムーズに授かることが出来たから、体質改善してて、簡単に二人目も出来るんじゃないかなとどこか甘く考えていたのかな…そこから2年以上、私は二人目不妊として再び多嚢胞に悩まされることになるのです。。

 

いよいよ明日から。

child-337540_640

ここまでまとめるのにすっかり長くなってしまった…最後までお読み頂いた方ありがとうございます。

この後の二人目不妊の治療についてはおいおい書いていきたいと思います。

 

そう、明日はいよいよ体外授精をしてくれる病院へ初めての受診!息子は母に見てもらい、今後の相談もするため夫と一緒に行ってきます。明日からはその治療記録を綴っていきます。

それでは!

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です